2011年6月13日月曜日

2010年度農業経済学会

昨年度の農業経済学会に行ってきました。

文章の意味が通じないので補足すると、昨年度の農業経済学会は3月の予定だったのですが、地震のため昨日まで延期されていたのです。
開催地は私の母校早稲田。とはいえ、例年に比べると色々異例の開催で、運営された方たちは大変だったんじゃないかと思います。
私もシンポジウムしか行けなかったので全体を把握することができなかったのですが、シンポジウムの内容だけ、備忘録として残しておこうかと思います。

1.前説


昨年は、民主党政権の成立に伴って起きた農政の転換、特に戸別所得補償制度と減反政策・農地集約についての討論が行われました。その中でも、佐伯尚美先生が基調講演で農経学者は奮起すべき、と問題提起を残されたのが印象的でした。

今年の農経学会は、その佐伯先生の宿題に応える(と本間学会長が言っていた)会でもあったようです。

2.タイトル「日本農業のベースライン」(小田切徳美先生)

まず最初に、「最近の農業経済学会は、時事的な政策論争を繰り返していて、学問的な話をしていないのではないか?」という問いに対して、座長による整理がありました。
この「問い」自体、10年前の学会シンポのテーマだという事が、この議論の深刻さを示しているような気がしますが…。

座長が調べたところ、政策論争がよりタイムリーさを増すのは87年大会からのようです。初めて国際化の議論が始まった87年。これは明らかに85年の前川レポート、それに呼応する86年の農政審議会の影響を受けています。

時事問題重視を掲げてきた本学会における大会シンポジウムは、国際化を意識しても、農政を意識しても、いずれも「グローバリゼーションと農政改革」というテーマまたはその近傍に接近することになる(大会要旨集より引用)

とはいえ、集計してみると、シンポのタイトルが「政策」というのがこの20年で9回。「国際化」が87年以降7回。つまり25年くらいで16回。ちょっと多すぎじゃないか、という話です。


しかも、農業問題が政治的対立軸となるにつれて、農業政策は「選挙農政化」「ブーム的問題提起化」してきたと指摘します。

このことは、二大政党化という政党システムの変化に従ってその深刻さを深めています。民主党の個別所得補償政策がその事例として挙げられることが多いですが、実は、07年参院選敗北の後自民党が取った米政策や、突然起こった「限界集落」ブームや地域振興的政策も、同根の問題であることを指摘しています。
これらが例の「仕分け」なる文化大革命的ヒステリックイベントであっさり廃止になったのはご存じのとおり。そして、現在盛り上がっている大連立の障害4Kの一つとして、戸別所得補償が俎上に上っていることもご存じのとおりです。

このように、政治的取引の材料として政策が使われている中で、時事ネタに振り回されることは、学会を「知的刺激に乏しい集会」(『農業経済研究』73巻2号)にしてしまっているのでないか…。

そういうわけで、今年のテーマは「ベースライン」。国際化や、制度改革の基本となる日本農業の現状と特性を把握しよう、というのが今シンポのテーマというわけです。

以下、各報告者の内容を覚書程度にまとめておきます。テーマは農政理念・食料消費・政策システム・農業構造と農業生産の相互関係の4つです。


3.農業構造改革の類型論的検討(野田公夫先生)

類型論的視覚ということだが、何より日本の特徴を浮き彫りにする。野田先生は文章そのものがかなり味わいがあるなと思ったので、要旨集からそのまま抜き書きすると、

  • 近代化アプローチが妥当なのは農地法まで(by小倉武一)
  • 近世・近代を通した過去数百年に渡り、日本農業における生産力発展は一貫して経営規模縮小(正確に言えば大規模層の減少)に帰結していた(00年センサスの5ha層4.3万戸は明治41年水準:by梶井功先生)
  • 生産手段を指標にとれば、「遅れ」が歴然とする日本農業が、絶対値(単収)のみならず近代化対応(近代における伸び率)にも優れた能力を示した
  • 小農(家族経営)化・小規模化しつつ高密度の組織化を進め、<零細分散錯圃と混住性><高度化された土地利用><農家相互の重層的協業編成><ムラによる土地・水資源管理><ムラという領域/統治意識の形成>等を特質とする農業・農村のシステムとエートスを生み出した

文章は取り方もあるでしょうし、なかなか評価が難しいところです。肯定するには、総体としての議論や現実認識、それから、ここに述べた日本の特徴を、他のアジアや発展段階等に合わせて定量的に比較をする必要性がある気がしますが、ここで野田先生が書いた日本農業の特徴は、確かにうなずけるものも多いように思います。もちろん、この特徴が不変であるかどうかも議論の分かれるところでしょう。

4。食料消費の現代的課題(草刈仁先生)

草刈先生の近年の研究を一つにまとめて一貫した議論にした、という感じ。
要点としては、2つ。
国産農産物の増加要因は高齢世帯の健康志向と賃金率の停滞傾向にあり、マイナス要素として人口減少、世帯規模縮小、食生活の外部化がある。計量分析の結果、減少傾向の方が大きい。消費には景気の影響が大きい。食農教育・地産地消・地域ブランド化の効果は、二人以上世帯の高年齢世帯に限定的に作用するだけだ。
家計と農業の連携が必要。内食(家庭での調理)の生産効率上昇(に伴う国産農産物の派生需要曲線シフト)と、供給サイドの生産効率向上によって余剰が増えるはず、という余剰分析。


それぞれ勝手な感想を書くと、

一つ目の計量分析の結果は、現在の農業経営体個々のマーケティング戦略では国産農産物の需要増加につながらない、という事を示しているのだろうか?だとしたらかなり深刻な問いかけかも。一方で高齢化率は上昇しているし、若年層の国産農産物への冷淡さは、可処分所得や余暇時間とかと関係していそうな気がするので一概に若い人に興味がないとも言えないような気がしたのだけれども・・・。この辺は先生が発表された個々の論文に当たるべきか。

内食の衰えの例として、調理技術の低下が挙げられていたが、まあこれは主婦の減少とか調理に欠ける時間の問題という気がするので技能と関係するのかはよくわからなかったが、食の外部化が国産農産物需要のネックというのは面白く、かつ重要な視点かも?でも解決策がわからないなこれは。
大学受験に調理実習入れるとか・・・弁当男子に単位出すとか・・・。

5.現代農政システムの制約要因と展望(荘林幹太郎先生)

政策システムを、「政策の決定・転換に影響を与える、さまざまな主体の相互作用のシステム」と定義し、「主体・ルール・場の3つの要素と、そこから出来上がる独特の構造」を分析することで、農業政策を論じる。特に、農業政策の決定に作用するサブシステムとしての国際貿易政策・財政・地方分権政策との相互作用を論じていた。

議論のフレームの提案自体が新しい、という感じ。とくにこうしたシステムの存在を明示的に意識することで、政策目的同士のトレードオフ・漸進的政策変化・政策形成のプロセス(トレーサビリティ)を分析できるようにしたい、という主張はとても魅力的と思いました。

地方自治政策と農政のサブシステム連関の事例として出てきた「農地・水・環境保全向上対策の実施過程から県という組織が排除されている」という例は、現場の水利の話では確かに出てくる。中規模・大規模な水路だと、集落と県・改良区との連携齟齬が存在しているという話を今回報告予定だった研究で紹介するつもりだったので、こうした制度的欠陥として問題提起できるのかと思った。

6.我が国農業構造の到達点と展望(福田晋先生)

むらを基盤とする農業構造のもとで、また、政策による保護の度合いの変化の応じて、水田・畑作(野菜作)・畜産の生産構造はどのように変化したか。生産調整とともに、生産構造の変化が止まってしまった水田農業、水田転作とも呼応しつつ、もっとも競争的に成長してきた野菜作、貿易政策の変更に対応しつつ財政への依存を高める畜産、さらに下部構造としてのむらから経営体への変化をまとめて論じていた。生産フローの図解など、これは論文化されたら大学の講義で使えそうなスマートな農業構造の変化の記述だった。

それから、4名の先生方+座長のうち3名が言及していた、農大岩本先生の「戦後農政の枠組みと「新基本法」」(『農業経済研究』71巻3号)は、米政策の歴史を抑える必読論文だということがよくわかった。

後、討論が聞けなかったので、この各論点がどのように交わっていったのか、は農経研究81巻の発行待ちです。

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 私が所属するNPO法人中山間地域フォーラムのシンポジウムが7月10日(土)にオンラインで開催されます。 タイトルは「 新たな農村政策を問う ~農村発イノベーションは広がるか 」です。  基本計画が新しくなり、新しい農村政策に関する有識者の提言もなされました。現場の新しい活動と、...