2015年6月10日水曜日

農業経済学の研究者が農地所有者と土地改良区組合員になった件

 母の相続手続きをいろいろしていたら、図らずも自分の仕事に絡む話をいろいろとこなす羽目になってしまった。

 東大農経でも、実際に農家のせがれというのは殆どいなかったので、もしかしたらこういう経験をしている人もレアかもしれない。

 「面白い」と表現すると不謹慎だが…、いずれにせよ、興味深い実務経験となったので、ここでその一端をご紹介しよう。

あくまでもある地域(まあ、すぐ特定されてしまうが)の話であり、全国どこでもそうだ、ということではないのでご注意を。
 順を追って、農協(JA)、土地改良区、農業委員会と市役所農林課であります。

農協

 とにかく手続きが早かった。農協の統廃合や金融・保険業務偏重については、特に営農指導の観点から批判されることも多いのだが、逆に言えば金融保険業としての農協の手際の良さは決して民間銀行や保険業者にひけはとらない。
 一方、農協組合員資格だが、こちらは住所が異なるので資格としての継承はできない。私も今の所こちらで就農する意思はないので、ここは払い戻しの手続きをとることになった。まあ、これは仕方ないね。

 母はすでに農業者年金をもらう立場であり、農業者名簿に記載はされているのだが農業からはだいぶ遠ざかっている。とはいえ、一定の農業共済等の振り込みを今年も行っていたので、これを引き継いで支払うことになった。

 私の終身年金や、母の年金等の処理もあったので、この機にJAバンクに口座を作ってみた。コンビニ、郵便局や三菱東京UFJなどでも平日は手数料無料など、思った以上に便利である。相続資産もいい感じに運用できる積立年金を紹介してもらったし、これらのサービスについては本当に充実している。

 農協については、特に営農指導よりも非農家の準組合員によって存立している側面がとかく批判の対象になったことが記憶に新しい。が、地方においては郵便局か農協しか金融機関が近くにない場所もある。私の集落からも歩いていける金融機関はここだけだ。その意味では、即応力の高い金融サービスとしての農協の地域への貢献は見逃せない所がある。ガスとかもね。

 このブログでも紹介したが、現実の農協改革の方向性は、営農を重視した“農業(者)の”協同組合と、農村に立脚する“農村(住民)の”協同組合の二つの方向性があり、地域によって、あるいはニーズによって特化が進んで行くのかもしれない。その意味では、農業協同組合というものそのもの意義を改めて考えさせられた。

土地改良区

 土地改良区に関して研究調査をさせていただいている以上、まさか自分が賦課金未納問題を引き起こすわけにはいかない。…と偉そうに言いつつ、実は私は実家のエリアに土地改良区が存在することを知らなかった。名前が合併前の名前になっているのと、私の実家はため池地帯であることを考えれば容易に想像がつきそうなものだが、まさに頭でっかちの典型ですね。

 何事にも抜かりない母の書類セットのおかげで、私は無事に土地改良区からの送金書類を発見し、「賦課金を未納している土地改良区研究者」にならずに済んだ。
 電話をかけて、相続手続きがしたいこと、所有者として賦課される農地情報を地図でいただきたいことをお話しすると、これまた手慣れた感じで書類をすぐに東京まで送ってくれた。もしかして相続関連に苦労されてんのかなあ。。

 電話では「水土里情報のデータがあれば是非それを!」とリクエストしたのだが、実際には土地原簿のコピーと、地番入り測地地図に該当農地に色を塗ってくれたものが到来した。少々残念だった。この県では水土里情報は個々の農家には触れる機会もないのか。まだ未整備の状態にあるのかもしれない。

農業委員会

 さて、本命である。なんといっても農地流動化は現下の農政最大のテーマですからね。勇躍、名刺まで用意して(あわよくばお知合になろうという邪な発想…)行ったのですが、「農業者名簿名義人は登記簿を法務局で書き換えてから」と一蹴された。法務局はさっき手続きしたばっかりです。。。

 手続きとしては、「所有権の相続」ということになるが、これまた住所が異なるので、耕作権にあたるものは、、どうなるんだろうか。委員会の事務局の説明では「3条資格者」にはなれるようなのだが、利用権設定を締結するための資格はない、というような説明だった。この辺は法律と実務に詳しい人に聞かないとよくわからないな。窓口の人も詳しく知らないようだし。

 まあ、戸籍謄本等の身分証明書類と、土地改良区にもらった原簿ベースの農地分布図があったので、それらを元に申請したら、母の農業者名簿の閲覧はできました。…といっても、固定資産税課税証明を持っているので、未登記の謎の農地はなかったという確認くらい。ここでも、農業委員会さんは水土里情報について「何それ?」とのこと。電話帳のような地籍図が出てきて(しかもその地図内の名義人には25年前に死んだ私の父の名が)、なんとも心配になってしまった。

 農業経済の先生の中には今こそ平成検地を!みたいにおっしゃる方もいる。まあ、不在の所有者の所有権を作人に分配するってのはさすがに難しいと(当事者になってしまったので自己弁護だが)思うのだけれど、でも所有者に関するデータのアップデートすら数十年にわたり滞っているというのは、、、もうちょっと力を入れられればいいのですけどね。まあ、これは従事者の怠惰ではなく、農政上の力点の問題でしょうね。

市役所農林課

 散々粘り倒して農地の貸借斡旋は?農地バンクは?と聞きまくったら、今度は農林課(同フロア)を紹介された。で、さっそく担当の方とお話し。でも、「営業は名刺入れに入れて帰れ」方式なのでせっかく名刺を出しても受け取ってもらえず。こりゃ仕方ないので邪な希望は捨て、相続に絡んで農地バンクの運用実態を聞いてみた。

 まず、最初にいきなり言われたのが「団地化の見込みのない農地、放棄状態の農地は基本的に申請を受け付けない」ということ。
 え?農地中間管理機構(農地バンクの正式名称)って、耕作者がいない農地をストックして管理し、担い手に渡すのが仕事じゃないの????

農水省のQ&Aにはこんな記述がありますね。農地保有合理化法人の失敗を踏まえた上で、
農地保有合理化法人の
出し手受け手の個々の相協議を前提としており、地域全体として農地流動化を進めよ うという機運ができていなかったこと

を反省し、

今回の農地中間管理機構は、
  リース方式を中心とし(機構が借り受けて、担い手に転貸する。理想的な農地利用の実現 に向けて転貸先は段階的に更していくことも想定) 地域の関係者の話合いによる、人農地プランの作成見直しとセットで取り組むこと 財政支援も充実させること 
…「から、成功する」と(農林水産省 農地中間管理機構の説明ページ、農地中間管理機構に関するQ&A http://www.maff.go.jp/j/keiei/koukai/kikou/ 2015年6月9日閲覧)。

 うーむ、この自治体は、思いっきり事前の相対協議を想定してるが…。あ、そうか、あくまでも相対ではなく、人農地プランに準じて地域内での団地化計画を優先させろ、という論理か。まあ、なんかよく読まないとわかんない逃げ道だが、制度立案の目的とは異なっているようにしか思えませんねえ。

 特に私の場合、担い手と私との関係以外の議論が難しいのですが。周辺は一応現況で続けている農家がいるわけですから。しかも遠隔地にいるし。逆に団地化を盾に取られれば、個人的な貸借の希望は叶わない。
 じゃあ、放棄地のままにするしかないじゃないか…。

 …むこうも段々こちらが制度に関して知っている人間だとわかったらしく、いろいろ教えてくれた。まず、機構の本部はそもそも県農政課にあること。市は受け付け窓口として農林課で担当しているが、申請をさばく人員すら足りない。「管理?誰がするの?」状態だということだ。県の方でも担当している人員が3名程度らしいので、要するに掛け声に比べて「中間保有(管理)」する人なんて全然いないってわけだ。

 そこで、実態としては自治区の区長さんなどに地域内で取りまとめることをお願いしているらしい。そこで、貸し手と借り手を事前にマッチングし、しかも団地化を実現した上で、中間管理機構に「申請」させているのだそうだ。
 うーん、それなら合理化法人と変わらんような…?????

 ちなみに、農地は完全な放棄状態ではなく、作付けできる状態にしておかないといけないとのこと。リタイアしようとする所有者は「最後の一踏ん張り」しないと貸せない仕組みのようだが、これ、すでに放棄されている農地の解消策に全くなっていないような…。

 対応してくれた職員さんは、第三者が集落に入っても説得力もないし、反感を買うだけだ、という趣旨のことを言っていた。まあ、たしかに現状の過剰職務としての活動では、地域内で信頼を得られるほど足を運ぶことも中間保有も全くできないわけだから、当事者の言い分としては合理性がある。

 初年度の農地中間管理機構の全国平均契約実績は2割程度、という誰しもが想像していたが聞きたくはなかった集計が発表されたのはつい最近の話。まあ、地域内で、しかも複数人の合意形成に任せる方式では、急速な契約増加が期待できないのが当たり前、というところだろう。しかし、摩擦を少なく進めていくにはやむを得ない部分はあるとは思う。

 うーむ。実務者なりの袋小路は理解できるだけに、自分の農地の話、という点を棚にあげれば、同情する気分になってきた。

まとめ:団地化優先か、貸借契約優先か

ま、ここで書いた話では、農地流動化に関する農業委員会と基礎的自治体農林課のとある例だ。もちろん、ここに書いているのは特定の個人や機関を批判する目的のものではない。むしろ、制度の目的に比べて、準備されている政策資源が足りていないのではないか、という問題提起とご理解いただきたい。今後、現場の方に調査させていただくのにヒントを得たかもしれない。

 農協、土地改良区はほぼ対応が終わったので、あとは「耕作放棄地を所有する農経学者」というこの不名誉極まりない状況を一刻も早く解決するだけだ。
 だが、農地中間管理機構も成立し、所有者が意思を示せば貸借が可能なのではないかという希望はあえなく露と消えた。

 追加的にやらなければならない事は、一つは県の農林課に行ってみること。まあ、門前払いされるかもしれないが、ここに聞いてみないと中間管理機構関係にお願いするにも手がない。
 もう一つは、区長さんにお願いすること。まあ、これで全部うまくいけばそりゃ楽は楽なんだが、、すでに人足も出せずに区長さんには迷惑かけてるからなあ。
 いずれにせよ、まずは名義人変更が済んでからの話になりそうだ。

 現場で実働する自治体は、耕作放棄地の貸借促進や中間保有以上に、現況としての利用価値と団地化計画を重視している。そして、現在の機構の体制では、それがコストに見合う最適な行動論理というわけだ。だが、この体制に劇的な農地流動化を期待するのは、残念ながら疑問なしとは言えない。
 この疑問に答えるには、団地化と貸借、どちらを先行すればより農地の流動化の進度が早まるか、という問題に答える必要がありそうだ。

 …何か、先行研究はあったかな。


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 私が所属するNPO法人中山間地域フォーラムのシンポジウムが7月10日(土)にオンラインで開催されます。 タイトルは「 新たな農村政策を問う ~農村発イノベーションは広がるか 」です。  基本計画が新しくなり、新しい農村政策に関する有識者の提言もなされました。現場の新しい活動と、...