2016年8月26日金曜日

最近読んだ本:吉田修『自民党農政史〜農林族の群像〜』



とある研究プロジェクトに参加した関係で、農業政策のレビューを行うことになった。

 制度・法律の成り立ち、予算額・シェアの変遷、政策に対するインパクト評価、あるいは今後の制度改正への道筋や論点の提示、と様々な先生方の議論が展開される楽しい研究会なのですが、そこで一つ、政治的アクターのbehaviourについても調べると面白いかな、と思い立ったわけです。

とはいえ、新聞記者でも政策関連の会議に出たこともない人間には、分析どころか「アクターはどう振舞っているのか?」のイメージすら沸かないこの領域。
 研究者の代わりに、丁寧な記録を残してくれている本がありました。

著者の吉田氏は1978年に自民党本部勤務になられ、その後2012年までお勤めになったこの分野の裏方中の親方、といった方のようです。
 「政治家は業績録を残さねばならない」というのは『ローマ人の物語』において塩野七生女史がよく言われておられましたが、合議主義の日本においては、インナーの合意や会議での”論調”が意思決定を大きく左右します。

 典型的な例が、福田〜大平の総理2年禅譲説、でしょうか。大平側近だった伊藤氏が『自民党戦国史』なんて大著をモノしたせいで、禅譲が口頭で存在した、いや文書もあった、という説から「いやいやそんなものに有効性はない」という説まで、全てがリアリティーとともに立場の違う当事者から証言が残っています。この場合、当事者だけの議論では、意思決定の客観的な判断が難しいように思います。

 その点、吉田氏は発言者の名前を残す形で詳細なメモを残されています。また、インナーにせよ非公式会談にせよ、直筆の合意文書を大量に資料としてアップして頂けているので、その点も説得力が高いように感じます。
 歴ヲタにして元政治学科の私としては、伊藤『自民党戦国史』とか戸川猪佐武『小説吉田学校』→さいとうたかを『大宰相』とかが最大の娯楽小説でしたので、福田赳夫・大平正芳・伊藤正義に田中六助、倉石忠雄とかの直筆を見るともう大興奮なわけです。
 あと、檜垣徳太郎さんとか渡部伍良食糧庁長官とか、郷土の偉人が出てくるのも面白い。調査でお世話になっている先で言えば、コンテツ・エンタケとか丹羽兵助とか。
 讃を加藤紘一氏が書いているのですが、まさに、関係者にとっては宝箱のような書物でありましょう。

ただ、一方で、内部者の発言ならではの偏りがあるのも事実。
 書籍が対象にしているのは、「自民党政権の農政」なので、1955〜2009年まで、となっています。2012年は自民党が年末に政権復帰するのですが、この本では第二次安倍政権以降のことは書かれていません。
 かつ、研究書としては、1955年から70年代の方が、客観性が高いように思われます。
 
此処から先は、読んだ人間の感想です。

 政策史では、意思決定が公開の審議会等から自民党内の部会へ、さらに党部会の選抜メンバー(インナー)へと変わっていく、と説明するのが日本政治史の常道です。これは院制・鎌倉幕府・室町幕府・江戸幕府ともよく似てます。で、吉田氏は、この自民党農林部会のインナーに極めて近い存在であったことがよくわかります。

 北朝鮮訪問の経験や、過去の政治家の様々なエピソードなど、他にあたっても得られない貴重な情報がある一方で、その情報には、一種の感情的な側面があるように思います。

 農林部会インナーは党人派と農水省事務官系参議院議員に偏っているようです。これらの情報が非常に豊富である反面、土木技官系参院議員の情報はわずか。さらに、農水省の意見に比較的近い農水大臣経験者については、農政上も重要な役割を果たしたと思われますが、完全に列伝なども省かれてしまっています。

 意思決定の場に、米価審議会や農政審議会の「外部有識者」がどの程度関わったのか、についても、全く触れられてはいません。僅かに、過去資料を整理する中で東畑精一(流石にこの人は外せない)が米価の物価連動方式への道筋をつけたこと、基本法を事実上準備したこと、大川一司が米価引き上げにキレて辞めた、とかが書いてあるのみです。この点でも、資料の整理を主にした1950〜70年代の方が客観性が高いように思われます。

 一方、各派閥に農林関係の専門家が育成されていたこと、相伝のように世代の異なる者が選ばれ、育成されてきたこと、特に農政関連の議員(事務関係参院議員や部会顧問)が中曽根派に集中していたこと、など、当事者が整理してくれたことで素人にも理解できたこともあります。
 バランスよく考えれば、やはり他では得られない情報の宝庫には違いありません。

 しかし、そう考えると、もともと経世会系が持っていた農業土木と、中曽根→渡部→江藤→伊吹と続く農林族主流派を合体させている二階派って、農林族の最終合体形態みたいなもんですねえ。

 もう一つ、読んでいて関心を強く持ったのは、1955〜65辺りに展開された河野一郎農政です。
 河野派(春秋会)が中曽根派の母体なんだから当たり前と言えばまあそうかもしれませんが、河野農相はかなり野心家で、かつ異質です。
 なんと、60年前に現代的な農政の課題をぶちあげていることがわかるのです。
 河野一郎は二回農水相を務めるのですが、その間に「農業系団体の再編」「肥料二法の廃止」「生産者米価据え置きや消費者米価引き上げ反対」二期目には「コメ自由販売制度の検討」までぶちあげています。同時期に農協からの信用部門分離の提案もあったという時代。…あれ、これ2016年とよく似てますねえ。。。

 河野一郎が農相というと、フルシチョフの前で下戸なのにヴォトカを一気飲みしたとか佐藤内閣でうまいこと閣外に出されて倒閣しようとしていたら急死したとか、政治史上では農政に触れない事のほうが多い(伊藤正義はこの時河野大臣と仲違いして農水官僚をやめて出馬したので、宏池会に行ってしまった)。政治学ではあまり触れない部分で、実は先進的なアイデアを持っていたんだな、というのが大変面白かったです。

まあ、1000頁近い大著ですが、好事家には外せない一冊ですね。

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